1.——手懐けられないもので良い⋯
木材加工は単に、一律に加工されれば良いと言うものではない気がする。旋盤で挽き、焼き、染め、磨く過程の中で、木目や硬さ、傷、色の沈み方など、こちらの意図通りにはならない要素を多く含んでいて、制作とは、それら木の性質を手の内に抑え込むよりは、素材の側に潜み立ち現れてくる何かと向き合い、その痕跡を作品の中にどのように残せるかを探ることだと思い、完成された均質な工業製品のようなものよりも、制作の過程で生まれた差異や揺らぎ、あるいは僅かな不均衡の中にこそ、美しさが宿るように感じる。そのため、一点ごとに形も光も僅かに異なり、同じように見える作品であっても、木の流れ、色の沈み方、光の滲み方など、その差異は逆に豊穣の世界そのものとなる気がする。
2. ── 天然の贈り物に、人間の意志を重ねる。欅の流線形を捉え、木材が持たぬ藍を施す⋯
無垢材の木肌は、そのままでも十分に価値ある美しさを持っている。しかし、そこにどのような色合いや質感を与えるか。それは、人間側に多少の介入が許された、創造の領域であると言える。私はあえて、木材が元々は持っていない「藍色」や「青味」を施す。木が本来持っている黄味や赤味。そこへ重ねられた藍の階層。それらが絶妙な透明度をもって互いに透けて見えるとき、量産品には決して出せない、深く神秘的なグラデーションが生まれると気付く。
「木肌の持つ自然の暖色」と「あえて施した寒色の藍・青」がレイヤーの透明度として重なり合い、互いを透かし見せるという色彩設計。
